『世界史の極意』佐藤優
- 作者: 佐藤優
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2015/01/08
- メディア: 新書
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20150429開始,同日読了
2015年1月発行.著者買いの一部.
視点は「資本主義」「民族」「宗教」の3ツ
歴史は繰り返す.アナロジーでとらえる.
戦争は続いている.20世紀前半の旧帝国主義,ベルリンの壁崩壊以降の新帝国主義. 著者は認識が甘かったと反省.『国体の本義』の頃は日本の大きな物語を再構築しようとしていたが,それどころではなくグロテスクな大きな物語の氾濫をせき止めるほうが急務だと.
資本主義
資本主義は変化してきた.16世紀重商主義にはじまり,自由主義 > 帝国主義(独占) > 国家独立資本主義 > 新自由主義へと.
16世紀は金銀を直接買う・奪う.17世紀に入ると東インド会社,国家経済に強く介入.その後イギリスが海軍の力と経済力で自由主義へ移行したがドイツに産業革命で抜かれる.んで19世紀になるとアメリカへ
;; このへんの話,レーニン『帝国主義』が興味深い
しかし2001テロと2008リーマンで軍事・経済双方のアメリカ弱体化が明らかに.
グルジア戦争の経緯.グルジアが自国内の南オセチア自治州の実行支配を回復回復をしようとしたがここにはロシア軍が駐留していた.グルジアがアメリカとつながっていたため楽観視していたが,蓋をあけてみるとロシアは過剰に反撃.
著者曰くこれ以降国際秩序が根本的に変化.武力で国境を変えないというルールが崩れた.
グローバル化していくと税金が取れなくなるので国家は弱まる
日本が武器輸出原則を緩和.オーストラリアにディーゼル潜水艦を販売したり.
豪の次世代潜水艦を日本で建造、両国が協議=関係者 | Reuters http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0GW1S020140901
守備一貫して資本主義を説明できているのは著者曰くマルクス経済学のみ.
資本主義社会の本質は「労働力の商品化」
賃金を決定する要素三つ
- 労働者が次の一ヶ月働く体力を維持するだけのお金
- 労働者階級を再生産するお金,つまり家庭を持てること
- 進歩する技術に追いつき労働者自身を教育していくお金
労働力の商品化はイギリスのエンクロージャーにより偶然発生.
EUは広域帝国主義連合だが経済的にはドイツが本質.
- アベノミクスの円安株高の恩恵を受けるのは輸出企業と金融資産の富裕層.
- 国内で待ったなしの問題は教育と移民.
各国の歴史教科書を読み比べるとよい.その国の名前在的論理を把握できる. イギリスの歴史教科書である『帝国の衝撃』オススメ.うすくてすぐよめるし
歴史にはドイツ語でゲシヒテとヒストリーがある 日本の歴史教科書はヒストリーで客観的に事実を書く.しかしこれは諸刃の剣 新帝国主義のげーむに日本も巻き込まれてる
日本も19世紀まで独立した政治をしていた沖縄を取り込んだ帝国主義国である.本土と沖縄は天皇信仰を共有してない.
日本は既に沖縄という外部領域がある均一でない国家.自らの手が汚れていることを自覚しなければならない
参考文献: 『資本主義の終焉と歴史の危機』
民族
- 民族という概念が最初に根付いたのは中東欧.
- かつて中世ヨーロッパでは教会と社会が一体化していた.
- イギリスとフランスの100年戦争(イギリスが優勢だったらジャンヌダルクがフランス軍救ったってあれ)
- 16世紀ハプスブルグ家が世界の中心
- そんな時ルターの宗教改革が起こる
まだこの時点では近代的な国家 "ネイション" がない.すなわち民族問題,ナショナリズムが存在しない. -> 1789年フランス革命.ここで初めて近代的なネイションが誕生.
第一次世界大戦の火種バルカン戦争は,スラブとゲルマン人の民族的対立が根本.
フランス革命以降に広がったナショナリズムが中東において民族問題を構成,第一次世界大戦の背景となっていったという流れは大事.
ナショナリズム論の三銃士
- ベネディクト・アンダーソン
- アーネスト・ゲルナー
- アントニー・D・スミス
民族という感覚は近代とともにうまれた.レーニンは中央アジアの少数民族にプロレタリアート革命を実行してもらおうとした...が,レーニンの企みは"うまくいきすぎ"て,ムスリムに力が付きすぎてしまう.
スターリンは国家を分割することで人工的に民族を作り出した(図)
【ウクライナ危機まとめ】
2010年ヤヌコビッチ大統領が,EUロシア二股かけてたけど2013年に突如EUとの連携を辞めてロシア寄りに.方針転換に反発するデモが激化,結局ヤヌコビッチは行方不明となり暫定政権発足. さらに続いて2014年3月にはウクライナのクリミア自治共和国で住民投票,ロシアはクリミアを編入.
ウクライナ情勢を説くカギはウクライナ人の複合アイデンティティ.国内でも地方で民族意識がだいぶ異なる
ウクライナのナショナリズムの衝突をイギリスの歴史とのアナロジーで考える.複数の立場の人物が登場して意見を穴埋めさせる教科書.ええなこれ.
2014年9月スコットランド独立問題.投票するが,結局独立は否決.スコットランドが独立していたらイギリスは油田を失う.
ギリシャ語ではクロノスとカイロスという異なる時間概念がある.カイロスは英語だとタイミングに相当.ある出来事が起こる前と後では意味合いが異なってしまうヨウナ、クロノスを切断する時間
イギリスはぼんやりとしたまま帝国になった(アーネスト・ゲルナー)
日本のメディアと沖縄のメディアでは、スコットランド問題の捉え方がまったく違う.琉球新報曰く「国家の機能の限界」「もっと小さい単位の自己決定権確立の流れ」とか.
沖縄(琉球)民族のネイション誕生が既に初期段階に入ってるかもしれないが,多くの日本人には見えていない.
参考文献: 『小説 琉球処分』
宗教
独立性件とはいえ国民意識があったフセイン政権.ところが新生イラクでは多数派のシーア派が権力を握りスンニ派は蔑ろにされ...そこにつけ込んだのがイスラム国.イラク内で勢力を拡大.
イスラム国は世界イスラム革命により全世界をイスラム化することを目標としている.
1952年,新しいローマ教皇ヨハネス23世が世界からイスラム・無神論者・共産主義・プロテスタントをあつめて対話しようと言う場を設ける.すげえ.
しかし1978年,次の教皇が共産主義叩き潰す過激派に.そっからバチカン戦略が始まる.
バチカン世界戦略の第一段階は共産主義崩壊.これはソ連崩壊で実現.第二段階はイスラム原理主義を封じ込めること.
ところでプロテスタントについて.ルターの宗教改革によりプロテスタンティズムが生まれる.ルネサンスは復古,理性の信奉であった.宗教改革も一種の復古維新運動であるのは間違いないが,どちらかというと反知性主義的で,スコラ哲学が複雑すぎるからキリストの唱えた素朴な教会に戻ろう!というもの.
宗派改革が引き起こしたカトリックとプロテスタントの抗争は30年戦争を経て1648年ウェストファリア条約で一応の決着.
1534年にザビエルらが作ったイエズス会 ... 教皇直属.実質軍隊.そのイエズス会がロシアのウクライナまで侵入. 正教とカトリックは1054年に相互破門しており.お互い悪魔の手先と呼び合っていたのですわ衝突かとおもいきや,正教を駆逐することもイエズス会が完全に追い出されることもなく,妥協的な新宗派(?)東方帰一教会が誕生.
イスラムは一神教で,ユダヤ教とキリスト教の影響を受けている.「アッラー」は唯一神をさす言葉で,英語で言うと「ゴッド」.
「イスラム」とは絶対帰依を意味する.生活の決まりが細々と決まってる.
ムハンマド没後代々最高指導者「カリフ」を選挙で決めるが,4代目のカリフであるアリー氏が「おれムハンマドの従兄弟だしムハンマドの娘を嫁にもろたし」と正統派を自称し始める.これがシーア(分派)派.もともとは「アリーのシーア」と呼ばれてた.
これに対してスンニ派は代々のカリフを正統とみとめるもの.
キリスト教は原罪というかたちで人間の悪を自覚しているが,イスラムは悪さの原因をジンという妖怪のせいなのねにするので悪さへの反省がない.どんな暴力も肯定される
1501年にイランがシーア派を国教に定める.
パレスチナは第一次世界大戦のときオスマントルコ領.このときイギリスは三枚舌外交を展開
結局オスマントルコが戦争に負けるとイギリス統治下でユダヤ人移民をガンガン進める.アラブ人は黙っとるわけなく衝突.イギリスのクズさよ
1947年,分割案.イギリスはもう統治する体力ないので国連で話し合い.パレスチナを分割しよう,と.しかしややユダヤ人に有利な内容でアラブ人側は納得行かない.
1948年,イスラエル建国.建国と同時にアラブ人たちと抗争(第一次中東戦争),結局イスラエルが領土広げてアラブ人の領土駆逐しちゃった.
イスラム原理主義...ネットワーク型なのでどんどん拡大,加えてイスラムはミーム的に強すぎて相手に回すとやりづらい.押さえ込む鍵はネイションにある.レーニンとスターリンはそれを把握して暴走をくい止めようとした.
新帝国主義はどこへ向かうか
キリスト教でもイスラム教でも,社会の危機に対して復古・原理主義的な運動が起こるのは過去にもあったこと.現代のEUも見方によってはローマ帝国への回帰かもね.
近代は限界に近いが崩壊はもう少し先だというのが著者の意見.近代を越えるものとして提出されたものがことごとく失敗してる現実もあり.
あとがき
著者の大学時代の恩師の教え.ヘーゲルの弁証法には落とし穴がある.若いうちはヘーゲルやマルクスのように強力な世界観で歴史をダイナミックに読み解くことに魅力を感じるけど,そーゆー哲学や神学はどこかで具体的な人間を見失ってしまうのではないかと.
歴史はヘーゲルが言うように「絶対精神が弁証法的に発展」していくという単純な流れではない.他人の体験を追体験,他人のきもちになって考えることやで