『現代ロシアの軍事戦略』小泉悠

2022-05-04 開始
2022-05-08 読了

ロシアの世界観では、民主化運動やらを「西側からの攻撃」と捉える。クリミア併合なんかもロシア視点では、もともと西側による旧ソ連国家への影響力行使すなわち攻撃があったのであり、ロシアがやったことは「攻撃に対する自衛」である

経済力や軍事力ではアメリカと比べてもちろんロシアは劣勢
だが劣勢だからといってやりようがないわけではない、ので、ロシアが武力を行使するのを控える理由にはならない
そこでよく議論に登るのがハイブリット戦争。武力だけでなく情報やらを
交えて戦う
そもそも21世紀には(従来の意味での)戦争はない、といった人もいる。核兵器のぶん殴り合いによって、全面武力衝突したあと、本来戦争によって成し遂げたかった戦略目的が達成できずに終わる。ので、昔の意味での戦争はない。

2004年バルト三国NATO加盟。
2001年のアメリ同時多発テロをうけて、戦力は巨大なものをぶつけ合うよりも、テロのような小さなイベントに迅速に対応する能力が重視された。バルト三国NATO加盟も、不安定な社会主義国を西欧の文脈に置き安定させたい意思がメイン。
ロシアもそれをわかってはいた。NATOとの全面戦争が起こるリスクは少ない、と分析していた
2004年のバルト三国NATO加盟時点は、ロシアはそれに反発する力を持たなかったが、原油価格高騰で力を回復して、2008年にはグルジアジョージア)と戦争。NATO加盟論が持ち上がっていたから。さらに2014年にウクライナで政変が起きると、クリミア半島とドンバス地方に軍事介入


ロシアから見れば、NATO非加盟国をどう非加盟のまま維持するか、というのが極めて重要
NATOに加盟するさいは国連の承認をスルーできる(国連なら常任理事国なのでロシアが拒否権持ってる)。これはロシアから見れば西側諸国が不正に勢力を拡大している
グルジア戦争(2008年)以来、旧ソ連NATOに加盟してない六国(ウクライナアゼルバイジャンアルメニアベラルーシグルジアモルドバ)がNATOに接近したら武力でそれを妨げる、というのがロシアの基本方針
ハイブリット戦争。
2014年クリミア半島併合はほぼ無血で実現
一方のドンバス地域はひどい戦い

クラウゼヴィッツの戦争の定義は「決闘の延長」で、暴力で白黒つける。
だがハイブリット戦争の時代はそれが変わっている


政治的・戦略的な目的を達成するために非軍事的な手段のはたす役割が増えてる
そして、それらが進んで、ある段階になったら平和維持活動とか危機管理の名目で公然と軍事力が使用される


2013年、ロシアの雑誌に、クリミア併合の一年前にまるで予言したかのような記事があり「ゲラシモフ・ドクトリン」としてバズった
主観的にはロシアは西側からの「非線形戦争」に晒されているのも事実。
ある程度は自国の行動を正当化するレトリックではあるが、↑


非線形戦争というのは、戦場に立ち入って戦う「接触戦争」との比較。
あーちがうまちがい
接触戦争の反対はふつーに非接触戦争だわ

非線形戦争とは、心理戦をメインにする戦争のこと。反対に位置する「線形戦争」は、ひとつながりの戦線を挟んで戦う形態を指したもの。非線形はそうではなく、あらゆる場所で人々の心理をめぐる戦いが起こるのだ、と
さらに、非線形戦争に平時と戦時の区別はない
名付け親はエフげニー・メッスネルで、情報による戦争という考えを推し進めた人

非が戦争は、ロシアの若者に、ロシアの政治は正しく、だから西側から攻撃を受けているのだと信じさせることを含む
SNS の規制や実名化、見せしめ逮捕などを行ってきた

ロシア、2016年のアメリカ大統領選挙に介入
陰謀論でなくこれもう明るみに出てるぽいな

「抑止」と翻訳されるロシア語のほげほげは、実際には抑止と聞いて思い浮かべる「思いとどまらせる」というよりも「抑え込み」に近い。これは実力行使を含む。威嚇して争いを防止するだけでなく、実際に小突き回して恐怖を抱かせることを含む
で、その「抑止」を西側からの非線形戦争への反撃として行うのだ、という世界観になる
政策文書で、戦略的抑止、として定式化されてる

大統領選挙への介入は「ロシアゲート」事件として知られる

西側自身は、西洋化や民主化の動きをロシアに対する「攻撃」であるとは認識してないので、突然ロシアがなんかしてきたらそれは反撃じゃなくてロシアからの攻撃と映る。この非対称性。

2016年、治安組織が大統領直轄になった
これらの直属舞台は、ロシア版「カラー革命」が起きたときプーチンの身を守るためのもの
民主化革命が民衆により起こされるとは考えていない。それを操る「敵」がいる、という思考。

権威主義的政治を認める代わりに社会の安定やらいい生活水準を約束する、的な前提で成り立ってたのが、コロナでゆらいだ

ゲラシモフ・ドクトリンやら非線形戦争やらが出てきても、著者の考えでは、戦争の主役は依然として軍事力である

実際ゲラシモフ演説も全文を翻訳したり前後の発言と合わせてみても、別に情報戦争が主軸になるみたいなニュアンスはない

さらに著者の考えでは、ゲラシモフ演説は「ドクトリン(教義)」ってほどではない。むしろ、ロシア軍にそのへんの視点がかけていることを嘆いてハッパをかけている

あーなるほど
ロシアの視点では、非線形戦争は別にロシアの生み出したものではなく、西側が先に仕掛けているものなのだ。だから、新しい戦法で相手を出し抜くぜ、というつもりはない。むしろ、この点で西側に劣ってるからどげんかせんといかん、というニュアンス

ロシアがクリミア急襲で見せたのはハイブリット要素が薄い、大半は軍事力

ロシアはシリア紛争にも介入。投入した戦力は限定的で、西側は、そんな兵力でできることはたかが知れている、と予測した。だが、外れた。
ロシア介入以降、崩壊寸前だったアサド政権は立ち直った。介入から一年で逆転勝利
ロシアのシリア介入が成功した一員は「限定行動戦略」にある
背景にあるのは、地政学国民感情的に、ロシアから外部の国に派兵するという戦略が取りにくい
そこで限定行動戦略。つまり、ロシアからは空軍力や偵察・指揮といった、大国ならではの能力だけを提供し、現地の勢力をマージする。これによって、遠く離れた地域での大規模な軍事作戦が可能になる
ソ連時代からの伝統を持つスペツナズ。ロシア語で特別任務を意味する。少数精鋭ではなく、中の上程度の能力を持つ兵士を多数。敵の中に侵入して偵察や破壊工作を行う部隊の総称。もともとNATO国家に潜入して米軍の戦術核兵器を破壊する目的で設立された

民間軍事組織(PMC)である「ワグネル」は公然の秘密。公式に聞かれると存在を認識してないと答える。が、実際はロシアのために戦う兵士たち。
ロシアがクリミアやドンバスで実現したかったのは、ウクライナを「紛争国家」にすること。だから戦いを終わらせるつもりはない。実際執筆時点(2021年5月発行の本です)で、まだウクライナは紛争国家でありつづけている
これによって、ウクライナNATOEUに組み込まれなくなる

ドローンはゲームチェンジャーか?いやそうでもない、電波妨害など、ドローン対策技術も進んでる
発見できればドローンはすぐ撃墜できるし。無敵ではない

毎年夏から秋にかけて軍事訓練やっており、そこからロシアの考えが読み取れる
ただ、訓練からは「想定している将来の戦闘」ではなく「獲得しようとしている能力」に着目したほうがいい。大規模演習だけでなく、前後の小規模のものも含め。

そこから読み取った傾向によると、2005?から2010年あたりまでは、ロシアはあくまで大規模戦闘に備えていた。NATO との全面戦争とか、チェチェンのテロ組織…といいつつめちゃくちゃ大規模なテロ組織を相手とした訓練を想定
そのあと変化が訪れて、段々小規模な紛争に複数同時に対処できる能力を獲得しようとする訓練になり始めた
2010年代前半は小規模なものによっていたが、突然、2014年にハチャメチャな大規模演習が行われる。まるで変化が巻き戻ったかのような。
どうもこれは想定されるシナリオを読む限り、北方領土問題で日本と軍事紛争、それに米軍が介入してきた、という想定だったらしい。
この背景は、小規模紛争に対応できるような改革を推し進めていた国防そうが失脚したこと。そして、直前にウクライナ介入をやってた(2014年です)ので西側とのぶつかりが増え、牽制の意味もあったのではと。
もひとつ、この時期に、表面的な相手はゲリラだけど背後には外国がいる、というシナリオの演習もやってる

執筆時点で最新の演習では、ベラルーシパキスタン、イラン軍も参加した演習

公式発表は参加人数が水増しされてた説もある

2018年9月、プーチンの「前提条件なしに年内に平和条約を結ぼう」という爆弾提案
ここで前提条件というのは、1993年の「東京宣言」である。つまり、平和条約締結前に、四島の帰属問題を解決する、という宣言。
そんな、平和に向けて希望がちらつかされた微妙な時期に、北方領土で2018年の大規模演習(の一部)が行われた
日本政府は知らないふりをした。著者がその場で衛星画像を見せたにもかかわらず、防衛省職員は「北方領土での演習はなかった」と譲らなかった

中国とロシアの関心のある地域は被ってない。
2国の関係は、相互防衛義務のない、協商(アンタンテ)として発展すると見られる
ロシアの演習には中国も参加してる

2020年にロシア憲法?が改正
2024年のプーチン任期後も、また選挙に出たり、あるいは院政みたいに影響力を行使できるというルールが追加された
著者は、2010年代のような資源による経済発展に似た大きな変化がなければ、いまのロシア軍事戦略は2030年頃まで続くと見ている