『21世紀の啓蒙』スティーブン・ピンカー

2023-02-06 開始
2023-02-07 読了

原著タイトル: "Enlightenment Now: the case for reason, science humanism, and progress"
スティーブン・ピンカー, 原著 2018 年出版, 上下巻

希望の書。世界はそんなに悪くない、我々はここまで到達してこの先もやっていけるという、データに基づいた楽観論。
刊行された時点のアメリカはトランプ大統領、世界は最悪だ悪くなっていく、戦争の真っ只中だ、みたいな世論だったので、序文でそのへんへのカウンターにもなるぜという話をしている。ただ本書自体は世代を超えて通用するないようですよと。

前著に当たるのかな?『暴力の人類史』の振り返りと批判への反論も組み込まれている

まず目次
啓蒙主義。知る勇気。科学による無知と迷信からの脱却。富と進歩と平和。
人間を理解する鍵は
エントロピー
・進化
・情報
進歩恐怖症。寿命、健康、食料、富、戦争と平和。世界は良くなっていることを認めたがらない人々。(ファクトフルネスとかでも書いてたな)
不平等は本当の問題ではない。環境問題は解決できる。民主化、偏見と差別の減少。
ここまで上巻。
下巻の目次も先取り。
人間は賢くなっている、生活の質も上がっている。
幸福感は豊かさに比例しない。
存亡、世界の滅び方とその現実味。進歩は続く。
理性とヒューマニズム、科学。

なぜ生きなければならないのか?という素朴な疑問に対する答え、啓蒙主義
感覚を持つ存在として、学び考え芸術や科学に携わり、生命をつなぐことができ、そしてさらに理性によって他の人も感覚を持つ存在であることがわかるので、自分が得られて当然と思うものを他人にも与える義務がある、と

"いまある制度や仕組みを壊せば世界はよくなる" という思想は恐ろしい

啓蒙主義の原則「わたしたちは理性と共感によって人類の繁栄を促すことができる」
イマヌエル・カントが 1784年に『啓蒙とは何か』という小論を書き、そこでの答えは「人間が自ら招いた未成年状態から抜け出ること」
知る勇気。

熱力学第一法則: エネルギーは保存される
熱力学第二法則: 孤立系のエントロピーは減少しない
熱力学第三法則: 絶対零度には到達できない

熱力学第二法則の "孤立系において" という部分を忘れてはならない。
生物は開放系である。環境からエネルギーを得て、エントロピーに抗って自己を保持しようとする

科学革命によって「宇宙は目的に満ちている」という直感を論破できるようになった
"何事にも意味がある" という直感を補強するために人間は、宇宙の意思、カルマ、宿命、霊的なメッセージ、神、みたいな詭弁を生み出す

人間の認知力
・抽象化
・組み合わせ/繰り返し

啓蒙主義は誰も異論を唱えないように思える。いやそんなことはない。
啓蒙主義 (e.g. ロマン主義) がずっと根強く抵抗を続けている。進歩は不要、衰退を支援し、そんなたくさんのことを知らなくて良いとされる。
だから著者は啓蒙主義を擁護する。
もっともわかりやすい反啓蒙主義は宗教的信仰、つまり「もっともな理由なく超自然的存在を信じること」である。
その他、ナショナリズムなど、人間をより大きな組織・存在の一部品であるとみなすもの。

ほぼ二世紀前から多様な分野の著述家たちが、現代文明は進歩を享受するどころか衰退の一途をたどっていて、もはや崩壊寸前だと断言してきた。(...中略... ) どうやら世界はずいぶん長いこと終わり続けているようだ。(p.77)

著者が一生懸命サポートしようとしている啓蒙主義、これに真っ向から反対するような "反啓蒙的" な人と関わる機会がない。せいぜいネットで遠巻きに見る程度で、説得したり対応に頭を悩ませることがないので何か他人事になっちゃう。
まだ上巻の前半だが、自分自身の思考とかぶることをずっと喋っている印象で、同じ思考の人の意見を読むことでうんうんと満足感を得ることはできるけど、あまりこう世界が広がっているようには思えない。

未熟な道徳的直感は悪い事柄を十把一絡げにし、その元凶を一つ見つけ出してすべての責任をなすりつけようとする傾向があるが、実際には、わたしたちが気づいて排除できるような種々の「悪いこと」(エントロピーと進化によって次々と生まれる)について、それらをひとくくりにできる現象など存在しない。(p.100)

前著『暴力の人類史』への反論にけっこう紙幅を割いていて、うんざりして諭すような書きっぷりから、なかなか参ってるんだなというのがわかる。そういう人たち別にあなたの次の本買わないからスルーして良いような気もするがな...

知識人とメディアは過度な悲観論に傾く。
これには受け手側の事情もある。人々は、悲観論とは「私達を助けようとするもの」で、楽観論は「自分たちに何かを売りつけようとするもの」だと感じる傾向にある
悲観主義にはもちろんいい面もあるが、やりすぎはよくない。

世界の平均寿命は2015年時点で71.4歳
乳幼児死亡率もぐいぐい減少してる
19世紀には、スウェーデンのような比較的豊かな国でも子供の1/4は15歳までに死んでいた


歴史上、飢餓はあたりまえのものだった
クワシオルコル - 極度のタンパク質不足。腹がぽっこり膨れるやつはコレ.
現在、肥満は公衆衛生的には問題だが歴史的には素晴らしいこと

マルサスは、今後飢餓問題は悪化していくだけだと予測したが、実際は科学技術の発展によって解決というか改善に向かった
具体的には 1909 年に完成したハーバー・ボッシュ法。窒素肥料の大量合成が可能になった

今日わたしたちが手にしている農作物を窒素肥料なしで栽培するとしたら、ロシアと同じくらいの面積を新たに農地として開拓しなければならないだろう (p.151)

ハーバー・ボッシュ法に加えて大勢の命を救ったのはノーマン・ボーローグ
地道な交配作業を続けて収量が以前の何杯にもなる品種を開発した。コムギ、トウモロコシ、コメ。
;; このへんの改善、名もなき人々の長年の積み重ねだと思ってたけど、特定の一人の成果だったの?

環境科学者のジェシー・オースベルによると、すでに世界は最大のうち面積に達した。今後我々が必要とする農地面積は増えることはない。技術発展によって減っていく一方。

80パーセントの人が、すべての食品に「DNA を含む」という表示を義務づける法律を支持しているという (p.154)

20世紀の飢餓の最大要因は共産主義と政府の無策。

世界の所得分布は改善しており、極度の貧困状態にある人の割合も減少している
貧困からの脱出を可能にしたイノベーション
・科学の応用
・制度の構築
・価値観の変化 - マクロスキーの言う "ブルジョアの徳" の承認

経済的不平等の度合いは「ジニ係数」で測る (0 から 1 までの値)
不平等自体は問題ではない。問題は貧困、あるいは不平等でなく "不公平"。
トマ・ピケティ『21世紀の資本』やハリー・フランクファート『不平等論』などに詳しい

ほとんどの人は自分の豊かさ/貧しさそのものではなく、周囲の人々より上か下かで幸福 or 不幸を感じるもの
これは人間心理の話。古くから社会心理学で「社会的比較理論」「準拠集団」「状態不安」「相対的剥奪」などいろいろな言葉で論じられている

いまの発展は持続可能か?いやそうではない、というのが世間の答え。
著者も環境問題が小さな問題と言うつもりはないが、解決可能であると考えている。

人間には公共心があるとはいえ、数十億の人々が自身の利益に反する行動を一斉にとるはずだという甘い期待に、地球の大事な運命を託すのは浅はかすぎないだろうか (p.262)

脱炭素の第一の鍵はカーボンプライシング。
二酸化炭素排出量に応じて課金する。
二酸化炭素排出量をへらすためには原子力にもっと頼らなければならない。

戦争は違法である、という国際合意が国際秩序をよくした。
とはいえ、と著者は 2014 年のロシアのクリミア併合にふれる。
世界政府ができないうちは、国際規範など破っても罰を受けずに済むわけで、そこに効力など無い、というシニカルな考えもある。
が、コレに対する答えは「道交法だろうが何だろうが、法は破られるときは破られる。でも何もないよりは、不完全でも法がある方がいい

テロの危険は過大評価されている。
自動車事故のほうがよく死んでいる、的な論。
あと、テロは小規模な暴力なので長期目標を達成する力がない。局地的に破壊をもたらすことはあっても、長期的には収まりつつある

ここまで上巻
下巻はちゃんと読んでメモする時間がなかった。再読したら追記
拾ったのは、ニーチェの思想はヒューマニズムの敵を育てた、くらい。