『キミトピア』舞城王太郎
- 作者: 舞城王太郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2013/01
- メディア: 単行本
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20150712開始,同日読了
やさしナリン
うん,私はそれを信じよう.今回の一発だけでかなり信頼は損なったけど,完全に無くなったわけではまだ勿論ない.(p.15)
ごめんはもういい. そもそもごめんなんて要らないのだ. 傷ついてなどいない.面倒くさいだけで.そして口先だけのごめんほど邪魔なものはない.(p.32)
諦めるってそれなりに気分がいいよ.残念さも心地いいくらいだ.(p.37)
自分が変わることで世界に影響が出る,と直結させているところに,やはり問題があるなあとも思う.<自分>と<世界>との境が曖昧で,そういうのは幼い心性だし,大人がそういうふうに感じているのは自己とか自我が肥大しすぎているってことのはずだ.(p.44)
単純なものなのよ.そりゃそうよ.夫婦ってのはお互い話し合いながら一緒に生きていこうって契約だからね(p.63)
理解しておけ.私も馬鹿なのだ.(p.65)
添木添太郎
証明できないネガティブな断言なんて単なる呪いだ.(p.73)
でもさっき,僕はほとんど偶然に,より正しい道を見つけ,それと同時に進み始めてしまったのだ.そのことがこれまでの全てを,このまま進むべきではない道にしてしまった. 僕も槻子も正しい道を選んだのだ.それは賢明さの証で,僕は僕たちのそれを喜んでいいのだ.(p.103)
すっとこどっこいしょ.
神がごめんとひと言誤ってきたなら許さないでもないという気持ちで生きている.(p.116)
真夜中のブラブラ蜂
傷つくというのは心に傷がつくのであり,傷は同じところにつけられれば深くなり,やがては致命傷になりうるのだ. 死にたくない.(p.365)
美味しいシャワーヘッド
思い出とかお話って,結局心を揺さぶられてないと思い出せないのよ.言葉とか,風景とかもそうだね.どんなことも,単に記憶はできても,自分では取り出すことができない.思い出せるのは,心の揺さぶられたものだけ (p.439)
でもももう判っているのだ,と認めなくてはならない時期,年齢なのだ.人間関係も,僕の感性も,全ての持ち物が時とともに変化し続けていて,もう耐え切れてなくなっているのだ,僕のそういうシステムに.(p.442)
でも忘れてしまうことが必ずしも悪いことではない. 思い出も思いも空想も行われなかったことも秘密も,全部言葉で語られるが,言葉にされない物事もある.言葉では掬いきれない小さな,細やかないろいろだ.でもそれらは記憶に残っていないんじゃなくて言葉にできないだけで,全部僕の中にあるはずだ.(p.443)